今回の日記は6日に認(したた)めております。

また 10月5日になりました。
「なりました」っていうか、「むかえてしまった」っていう感じです。

・・あれから、もう丸23年なんですね。
過ぎてしまえば早いけど・・・毎年10月5日になるたびに、あの日の出来事を思い出してしまいます。

本日(10月5日)は、ボクと同世代の奈保子さんファンにとっては決して忘れることが出来ない日なのです。

今から23年前の昭和56年10月5日に、奈保子さんはNHKホールのセリに転落してしまいました。

第一腰椎圧迫骨折という重症を負いました。
打ち所が悪かったら下半身不随になっていたかもしれない大怪我なのです。

幸いにも、“最悪の事態(←うまく表現が出来ませんでした)”になることなく、完治後は後遺症もでずに奈保子さんは活躍されました。

あの日の出来事に関する思いは、去年の10月5日の日記に事細かく書き込んだ(はず)なので、今回は短めにします。(殆ど重複文です)

奈保子さん御自身の著書『わたぼうし翔んだ』にも書かれていますが、ボクがあの出来事のことを始めて知ったのは、当日放送していた『ザ・トップテン』をみてて始めて知りました。

『ザ・トップテン』で第一報の“その後”が放送直後から知りたかったのですが、当時は午後10時台に大型ニュース番組はやっていなかったし、朝の情報番組も今ほど盛んに放送していませんでした。
学校を休んでまで朝のワイドショーを見ることは出来ないので、
翌日(6日)はずぅっと気がかりでした。
授業が終わったら、3時台に放送していたワイドショーを見るために即効で帰宅したものでした。

「あの日」から3日後の10月8日(木)の『ザ・ベストテン』では、前週まで3週連続11位だった『ムーンライト・キッス』がランクインしました。
重傷の奈保子さんは当然出演し歌うことは出来ませんでしたが、電話で出演されました。声だけの出演でした。
何を話されたのかは事細かくは覚えていないけど、当日の放送は全部見ていたのでその時の印象は今でも忘れないです。

 退院は、大怪我されてから約40日後の11月16日。(カルテ上は18日)
 そして
 歌手活動を再開したのが11月30日(『夜のヒットスタジオ』で復帰)。


・・・また書き込みますけど、『ラブレター』を歌っている映像を初めて見たときの感動は23年経ったいまでも忘れられません。

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余談。その壱

個人的な意見ですが、10月5日はある意味で特別な日ではあるけどMemorial Dayではないと思います。

“特別な日”だけど“Special Day”ではない。





余談。其の弐

10月3日の『いつみても波瀾万丈』(ゲストは岩崎宏美さん)を見てて思ったんですけど、仮に奈保子さんが現在芸能活動をしていたらこの番組に出ていたと思うんです。
勝手な私論ですが
もし出演していたなら、歌手になるきっかけとなったオーディションの逸話や旦那様との馴れ初めを知ることが出来たかと思いますし、この転落事故の顛末を話してくれたかと思います。

 

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